認知症の親・楽しい声と寂しい声と。

 365日24時間一人にはなりたくないという親。

私の親は、最近認知症と診断された。

 

まだまだ元気だけれども、

物の置き場所などは全く覚えられない。

そして、

コロナのおかげで、集まり事がすべてなくなってしまい、

ひとりで沈んでいることもあれば、

お友達と楽しそうにしている時に電話をかけてくる時もある。

ドラマ「俺の家の話」では、

西田敏行さんは家族に囲まれて楽しそうだったけれど、

どうも、うちの親は、

私といるよりも、お友達といるほうが楽しいようで、

明るい声を聞くと、私も安心する。

でも、沈んだ時のやるせなさといったら・・・😢

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 早く死にたいとしか言わない親。

親は、

昨日は楽しく友達とおしゃべりをしてきたという。

しかし、今日一人になると、もう「死にたい」「寂しい」「一人は嫌だ」という。

でも、昨日もおとといもお出かけしてたんでしょ、お友達と楽しかったんでしょ。

そういうと、

「別に楽しくない」

などと我がままをいい、

「私の歳で一人暮らしの人がいないからはずかしいのよ」

などという。

「施設に入りたい」

「死にたい」

「早く死んだもの勝ちだ」

80歳をすぎて、一人暮らしはそれは不安な事もあるだろう。

母の言葉を聞くと、私はとても親不孝をしているようで、

落ち込む。

 

母の話を聞いていると、

毎日毎日、お友達とおしゃべりしたり仲間とゴルフをしていたい」

らしく、

私と一緒にいても楽しくないようだ。

それならば、「施設」に入ってしまえば、望はかなうかも?

とも思ったが、

実は本人は、そんなに施設に入りたいというわけでもなさそうで・・・。

私から見ると、

親は、私よりもよほど出かけている。

仲良しの友人が家によく来ているし

一人暮らしのお友達の家にしょっちゅうおしゃべりをしに行っている。

 

そんな事もできなくなるよ、と確認すると、

「そうねぇ😞」

施設に入ってしまうと、今はコロナもあるし、面会も制限されて、誰にも会えなくなるかもよ。

「そうねぇ😞」

 

私は、母に一人暮らしをさせている、という「後ろめたい気持ち」

が、どこかにあるのだと思う。

なので、

母の「寂しい」を聞いて家に帰ると

片頭痛がおこるようになってしまった。

母と会ってはロキソニンを飲む・・・。

私の方が病みそうだ。

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 認知症のグチと思うことにした。

もともと、私は親との関係がそんなに良くはなく、

両親ともに元気な時は、あまり寄り付かなかった。

私から見た母は、認知症になる前から「大人げない・わがまま」な人という印象が強い。

我慢もできず、人前でもキーキーと私を怒鳴りつけていた。

頭がおかしい、と思った事がなんどもある(笑)

気が合わない、というか、寄ると触るとけんかになる。

けんかというか、とにかく文句ばかり言われていた。

 

父が病気になり、病院に連れて行くというところから、頻繁に実家に顔をだすようになった。

父が亡くなって、一人になった母を放っておくわけにもいかず、

さらに頻繁に顔をだすようになった。

いつも強気で文句と嫌味の多かった親が、弱気になっていくのを見ているのは

文句は言われなくなっても、それはそれで辛い物だと思った。

私にはきょうだいがいて、

母が私よりも兄弟の方が好き、ということは明白だ。

きょうだいは、父がなくなってからほんの2度ほどしか母に会いに来ていない。

けれど

母が認知症だと知った後、一度会いに来たらしい。

その時も母は少し元気な声だった。

そして母は、きょうだいには

「心配しなくても大丈夫よ」

などと言ったらしい。

要するに、寂しい、死にたい、施設に入りたい、

と、弱音を吐くのは私にだけらしい。

きょうだいは安心して帰って行ったことだろう。

母が「大丈夫よ😊」というのだから。

それに比べて私と来たら、

申し訳ない気持ちでいっぱいになり、会うたびにロキソニンを飲む始末。

これはどうしたことだろうか。

なんだかばかばかしくなってきてしまった。

 

さきほども、明るい声で笑いながら

「今日は〇〇さんと〇〇なの(*’▽’)」

と、電話がかかってきた。

そんな日もあるのだから、

死にたい、寂しい、と言われても、気にしないようにしよう、と心に決めた。

そもそも、

私ばかりが「一人にしてしまって申し訳ない」などと思わなければならないなんて、

そんな理不尽な事はない。

ためしにきょうだいの家で暮らしたらどう?と聞いてみた。

これは、言ってみただけで、絶対に実現はしないのだけれど・・・。

まあ、聞くだけ聞いてみた。

すると

「嫌よ、気も使うし」

とのことだった。

それはそうだ、今から人と一緒に暮らすとなると、

本人にもかなりの負担がかかってくる。

今までと同じ暮らしなどはできるわけがない。

それは例え私の家に来たとしても同じだと思う。

気楽に暮らすなんて、

自分のダンナ以外とは無理な話だと思う。

親子しかいなければまだ話は別だけれど、

娘のダンナ、息子の嫁が一緒ではそうもいかないのが現実だと思う。

静かに、邪魔をしないように、自室からなるべく出ないようにして暮らすなんて、

なかなか大変だ。

母の姉が、そんな感じで生活しているらしい。

食事の時以外は自室でひっそりと。

母本人も、そんな生活は望んではいないけれど、

私の顔を見ると、色々と愚痴ってしまいたくなるだけなのだろうな、と

気楽に考える事にした。

私が病気になってしまったら、

それこそ、困るのは母なのだから。

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 将来の自分。

気にしないようにしよう、と心に決めたものの、

母は将来の私の姿でもある。

恐らくダンナが先に逝ってしまうと思うので(笑)

私はきっと、今の母のようになるのだと今から覚悟をしておかなくてはいけないと思う。

私は、母のようにお友達もいないので、

多分ほぼほぼ一人で過ごす事になる。

幸いな事に私は母のように社交的ではない。

お友達とか人付き合いとか、メンドクサイと思う人なので、

母ほど寂しいと感じる事はないのかもしれない。

でも、足腰がたたなくなってきたら、母のように「施設に入る」お金があるかどうかが問題となってくる。

お金がなければ、どうやって一人で暮らすのか?

歩けなくなってしまったらもう絶望しかない。

残念ながらお金はきっと小銭程度しかたまらないと思う。

子供に迷惑をかけないように、

あまり長生きをせずに人生を終わらせたいものだ、

と、真剣に考えてしまっている。

 

何歳になっても、生きていく、という事は大変だと、

辛い事なんだとしみじみと考えてしまった。

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